羽生結弦結婚で「地元の人達は知っていた」相手の素性がなかなか広がらなかった理由

 臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、元フィギュアスケート選手の羽生結弦さん(28才)の結婚相手が、地元では皆が知っていたのに明るみに出るまで時間がかかった理由について。

羽生結弦(AFP=時事)と末延さん

 2023年8月4日、突然、羽生結弦さんが公式SNSで結婚を発表した。その結婚相手が誰なのか、どんな人なのか、ほんのわずかな情報すら公表されなかったものだから、メディアやファンや世間では、彼が選んだ相手に強い関心が集まった。

 メディアなどにとって、その相手を探し出せばスクープもの。すぐに明らかになるだろうと思っていたが、芸能人や有名人との関係をSNSで匂わせる”匂わせ”もなく、その人はなかなか特定されなかった。ご家族の情報ですら、これまでほとんど表に出てこない羽生さんのこと、ガードを固くし情報が洩れないよう徹底していたのだろう。

 あれから1か月、いくつもの憶測記事が出ては消えていったが、ついにお相手が特定された。結婚相手は山口県光市出身で8歳年上のバイオリニスト・末延麻祐子さん。数年前に行われたアイスショーでは、羽生さんと共演経験もあるプロのバイオリニストだ。NEWSポストセブンでは、9月20日付けの記事、『《まゆちゃんすごい》羽生結弦の結婚相手のバイオリニストを写真つきで報じた地元紙記者が祝福「地元ではみんなが知っている”ここだけの話”」だった』で、これを報じた「日刊新周南」の担当者によるコメントが意外だったと報じている。

 返ってきたのは「発表の時点で、結婚相手が末延さんであることは地元の人々は知っていましたよ」という答え。地元では「みんなが知っているここだけの話のような感じでした」というのだ。担当者は「人の口に戸は立てられませんからね」と言ったというが、それでもここまで特定に時間がかかったのだから、地元の人達の口が堅かった。

 どうやらそれは彼女が“地元のアイドル”だったことも関係する。現在、自身の公式サイト、ブログなどはすべて削除。2022年末頃からコンサートにも出ておらず、表舞台からは姿を消している彼女だが、過去には「山口ふるさと大使」として地域振興に貢献。地元で愛されていた彼女が結婚する。それも相手は羽生さん、地元にとってはおめでたく、みんなで静かに見守ろうという雰囲気ができたのだろう。しかも地元の人達にとって、羽生さんの結婚相手という秘密を知ることは、世界的アスリートとの「秘密の共有」的感覚を持たせる効果があった。

 心理学者の小此木啓吾は『笑い・人みしり・秘密-心的現象の精神分析-』(創元社)の中で、秘密について「秘密をもつことは、その秘密を知らぬ者との間に自他と境界、ウチとソトの区別を設定し、秘密を共有する者同士の間に親密さや連帯感を作り出すと共に、知らぬ者に対して排他作用や疎外作用を発揮する」としている。秘密を知る地元の人達にとって秘密の共有は、羽生さんと心的距離が近づき連帯感を感じることができる。それは、普段、味わうことができないような感覚だったと思う。だ

から彼らが公表しないなら、地元は彼らの秘密を守る、そんな雰囲気が出来上がっていたのではないだろうか。

 それでも秘密を抱えるのは苦しいし、誰かに話したいという気持ちは抑えるほどに強くなる。そこで地元という境界線ができ、「ここだけの話」は静かにゆっくり地元で広がっていった。地元の人々はみんな知っていたというのは、そういう理由だと思う。きっと今頃、地元の人達は

大っぴらに気兼ねなく、この話題で盛り上がっているだろう。

「秘密は、貝の中に投げ込まれた石みたいなものだ」と語ったのは、心理学者の河合隼雄だ。人間を貝に、秘密を石に例え、貝にとって石は異物だが、それをずっと包んでいくことで真珠ができあがると説明したという。地元の人達にとって「末延さんと羽生さんの結婚」という秘密はきっと真珠のようなものになっていたのだろう。